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”清峯”という名前について

2019/12/04

瀬戸内寂聴さんが社会的活動をされるときに本名の晴美を名乗らなくても怪しい人だと批判されることはありません。僧籍をもつものが得度名を名乗ることは社会的に認められていることですし、Wikipedia等を見ていただくと分かることですが、俗名晴美となっています。即ち、僧籍を持った者にとっては、戸籍上の名前は俗名でしかないのです。

私も同じく、僧籍を持つものとして、社会的活動をする時は、得度名である清峯を名乗っています。葬式でお経をあげる時、風水師として土地の浄化をする時、無料のボランティアで人生相談にのる時、ずっと清峯という名前を使って活動してきました。作家としては別のペンネームを使っています。10年以上なじんできた名前であり、初期のお客様はその流れの中でサロンにご来店いただいてますので、そのまま清峯の名前を使わせていただいているのです。

今回裁判の場で、私が戸籍上の名前と別な名前を使っているため、怪しい人だと言う印象操作が行われました。私の印象を悪くするためにあらゆる言いがかりをつけられました。物的証拠は何もなく、女性の証言のみで有罪にしようという無茶苦茶な裁判であるため、検察側は私の印象を悪くするしか方法がなく、必死な状況が伝わってきました。多少のことは我慢できますが、神聖な名前まで汚されたことは見過ごすことはできません。裁判については何も語るまいと思っていましたが、私が清峯を名乗る意味を知っていただきたいと思い、このブログに掲載させていただきました。

(ネット上で私が学会だというデマを流している人がいることを知りました。私は創価学会とは全く縁が無いものです。真言宗醍醐派の僧侶資格を持つものです。ただし、現在は大阿闍梨との縁は切っていますし、信仰は持っていません)

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